静かなる天使の叫び

 なんとなく女性向き入っている表紙だが、中身は全然そんなことは無くて、なんというか、本格文芸スリラーといった感じである。なにしろオープニングから事件解決まで40年近い年月をかけて、しかもその間のジャンプがあまりなく(「気がつけば20年」とか)、濃厚に文学している。
    文学的寄り道がやや多く、その見事な書き味に途中で何度もスリラーであることを作者が忘れてしまったのかと心配になるが、最後はちゃんと、良くできた犯人像、大胆な伏線、とスリラーとして正しい着地点に着地する。
 しかしやはり、スリラーとしては、このディテールやいくつかのエピソードの豊潤さはただ事ではない。
 主人公の仕事が小説家であることが、一人称であるこの作品の文学的視点や語り口を正当化しているし、さらに、インテリフェチというか、インテリ女性にもてるので、小ネタや会話の端々が知的香りに充ち満ちている。
 (ただ、それがスリラーということで、最後までその方向を全うしない、......たとえば恋人の死がそのあとの言語的苦悩表現をそれほど伴わない......のは、文学的な方向に魅力を感じた私にとってはやや残念である。しかし、だからこそ、きちんとスリラーであり得たのかも知れない。ここら辺の事情はどことなくクックを思わせる。)
 しかしそれにしても、最後の言挙げによる盛り上がりはただ事ではない。作品に残されたページ数と登場人物の数から消去法でなんとなく明らかになった犯人が、主人公のかなりのページ数に昇る独白の中で、最初は不安として、しだいに確信としてイメージされていく過程は、これはまぎれもない、滅多にない文学的感動を与えてくれる。

 芸術の定義が、「何かの素材で、他の何かを表現すること」であるとするなら、言葉の芸術である文芸は、やはり言葉以外のなにかを言葉を使って表現しなければならないのだと思うが、最近の小説は言葉が言葉であることを目指しているのではないかと思ってしまうことがある。そんな現代に、この方向の試みは喜ばしいし、もっとたくさん成されても良いと思う。

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