マンダラートについて

 iPhone版マンダラートが出るらしい。
 といっても、そもそもマンダラートとは、何のことか分からない人が多いと思う。私自身も初めてこのソフトと出会ったのがどこか忘れてしまった。
 いずれにしても漢字トーク時代の話である(あ、これも?)。ハイパーカード版のアプリケーションを所有している。次にNewton版が発売された。細々とした変更点はあったが、基本的には同じソフトである。これも所有している。(が、ダウンロード販売なのでデータがどこへ行ってしまったか......)
 これは私にとってはNewtonのキラーアプリであった。なにしろ、どういうわけか、起動して使っているとNewton本体の調子が良くなるのだ。(多分、余計なメモリも含めてフリーな状態に解放してくれていたのではないかと思う。現在では、iPhoneの『大辞林』というソフトが、デバイスに対して同じ働きをするようだ。)
 その後、Win版とか出たのであるが、これはお試し期間の一ヶ月だけ使って、その後購入することはなかった。(これは、価格の問題と、Winで考えようとすると安心して思考をめぐらせられず思考停止になってしまう私の性癖によるものである、多分)

 さてさて、Newton亡き後、ハイパーカード亡き後、私がマンダラートを使わなかったかというと、そんなことはない。大きな声で言っていいのかどうか分からないが、ファイルメーカーを使ってせこせこ自作していたのである。
 ろくなものはできなかったが、しかしまぁこれは、ファイルメーカーの勉強になった、とは言えるだろう。あまり多用はしていないが、時々は使ってみている。実はこの文章の流れも松村謹製マンダラートもどきで作られているのだ......。

 似たシステム?に、今をときめくマインドマップがある。
 基本、同じ考え方かとも思うが、実際に両方を使ってみると、その違いは案外大きい。

  ・全体が見えることと部分のみが見えること
  ・数が少なくてもいいことと、8つのマスを意識せざるを得ないこと

 これがかなりの違いになるのだ。
 どちらが良いというのは好みの問題もあり、簡単には言えないが、それぞれ使うに相応しい場所があるように思う。あえて言えば、集中と拡散のマインドマップ、流れと整理のマンダラート、といった感じだろうか?

 さらに最近はフィッシュボーンというのもあるようで、これはマインドマップとマンダラートの中間点のような印象を受けている。いいとこ取りとも言えるのだが、悪いとこ取りとも言えるわけだ。ただし、個人的なものでなく何人かで扱うようなデータだったら、これが良いかも知れない。東大の学者さんが考案した方法だそうである。

 マインドマップは、そもそものスタートを、......一般に知られているとは違い、おそらく、神智学系の瞑想法に持っている。集中の練習で、中心に犬とか猫とか、テーマを書いて、そこから線を引っぱって、テーマに関係するもの、尻尾だとかツメだとか四つ足だとか優雅だとか、放射状に書き込んでいく、という方法だ。おそらくこれが、意識的か無意識下はともかく、ブザン氏の発想をインスパイアしたのだと私は思っている。

 では、マンダラートは、......これは、インスパイアではないと思うのだが、この形はアウグスティヌスあたりの使っていた記憶術の枠と同じ形である。紀元一桁世紀から、何かを考える時に使われてきた形状かと思うと、なかなか身が引き締まる思いがするのである......。
 もちろん私はこれをそれほどばりばり使っているわけではない。しかし文章の流れを作る時は、便利であるし、一週間のスケジュールとかも独特の見渡しやすさがある。  というわけで、iPhone 版マンダラート、待ち望んでいたのだが、まさか本当に出るとは思わなかった。そろそろapp storeに並ぶはずである。

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8月20日、なかなか気を持たせたが、やっと発売されだした(iMandalArt)。ちょっと重いところがあるが、ほとんど期待に違わぬ出来であるようだ。良かった。
結局、マンダラートって、単なる良くできたフレームなので、色々なことがその中でできてしまい、他のソフトのタスクを浸食していくんだよなぁ......。

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