魔女の鉄槌

 なんといっても浅羽莢子訳である。それだけで事前に名作であることは約束されたようなもの。しかも『愛書家』、『魔術書』、『【魔女の鉄槌】』などのテーマが鏤められているとあっては、どうしても読まないではいられない類の作品であるだろう。なので、一時、書店を探し回ったが、無く、アマゾンにも無く、つまり絶版と言うことで、ようやく再版されて手に入れたのが3年前。奥付けを見ると、初版から再版までに10年近くの時間が経っている→角川め。というわけで、個人的には入手するまでさえドラマチックだった一冊なのだが、それから、なぜか読まずに今まで来てしまった。その間、訳者の浅羽莢子は他界し(末期のご自身のblogでこの作品に若干触れている)、私にとって日本の文芸エンターティメント界の意味が変質さえしてしまったのだった。

 改めて読んでみると、一部不思議な舌触りの部分はあるが(主人公の元夫の言葉遣いが一部変)、この訳者の美点の一つ、完全に登場人物に一致した台詞回しは(前述の部分を除き)健在で、つまらないテクニックではなく、物語自体に引き込まれ、至福の時を過ごさせてくれる。

 作品は、実は【魔女の鉄槌】自体は多分添え物(しかしもの凄い添え物)で、【女】=【魔女】→【女と男の戦い】というあたりが基本テーマで、魔力=セックスの力と同定しているあたりが、ベタなのだが、感覚的に正確に描写してあって、面白かった。作者さんは女性なので、女の力が魔術的に自分と世界を変えていく、そこらへんの描写がかなりリアルだ。反対に、いわゆるショックシーンは押さえ込まれた描写で、これは原著が書かれた時代のせいなのか、作者自身の抑制なのか分からない。

 それでも、終盤はもう目茶苦茶で、アメリカの宗教の人たちはこんなに酷いのかと思ってしまう程だが、考えてみればKKK団とか黒人を磔にして火あぶりにしていたわけだし、日本だってあれこれのイデオロギーの狂信者のやらかしたことはこれどころじゃなく酷いわけだし、それどころか戦争が始まれば普通の人たちもそうなってしまうわけだし、......つくづく人間の「業」に思いを致す読後感でした。

 いやはやしかし変な本だ、【マレウス・マレフィカールム(魔女の鉄槌)】、本書中に紹介されているその一部を読んでから、公園の端に立っているこんもりした樹を見るたびに、その木の上に魔女が男たちから取り外してきた××が......(以下自粛)

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