2009年6月アーカイブ

リンカーン弁護士

 コナリーは文章がうまいのだろうか? 翻訳物に関しては、当然翻訳を通じて読んでいる文章だから、細かいニュアンスに関しては分からないのだが、最近の私は文章の構造に関心がある。なので、この本はそのあたりに注意しつつ読んでみたのだが、いやはや、これが不思議な文章で、私なんぞの断じるところではないが、もしかしたら彼は目茶苦茶悪文(悪・文構造)なのかも知れない。あるいは、神がかった名文なのかも知れない。
 最近読んだいくつかの作品では、はっきりと文庫で半ページ〜2ページくらいの量で文章のブロックがあり、それは「キャサリン、オリバーの裏切りを知る」という感じで小タイトルをつけられそうな意味内容の構造体を持っている(さらにそのブロックの中に起承転結があり、さらに一つか二つの「フック」があり、読者の関心を引っぱる役割をしている)。どんな長い作品でも、このブロックの連続であり、多分、「いい作品」、読者の印象に残る作品とは、第一条件として、このブロック群のコントラストが適度に鮮明なものであることがあるようなのだ。
 ところが、コナリーの作品は、このブロックが、何故か判然としないのである。一応あるのだが、区分がはっきりとしていないというか、それぞれが解け合っていて、ブロックの切れ目の位置をなかなか読み取れない。だから、自分が何に引っぱられているのか、はっきりと自覚できない状態で、しかしぐいぐい引っぱられていってしまうのだ。そういえば、ボッシュシリーズの過去の作品で、思い返してみると一体それがどうしたと言いたくなるほどの古い事件をネタに、しかし最後まで敢然と読ませ切ってしまう作品があったが、あれも同様の「手口?」だったのかも知れない。

   とはいえ、もちろんコナリー作品なので、途中で何度も話がひっくり返るネタがあり、その意味ではもの凄いコントラスト感で、この作品も前半と後半の180度違う感はもの凄い。ちなみに、リーガルスリラーで、その意味でも今までの彼の作品とのかなりのコントラストを持っている。来年か再来年あたりに出版されそうな、この作品の主人公とボッシュ刑事の競演作品もすでに今からかなり楽しみである。(最近思うのだが、こういうのが案外、世界の自殺率を少し減らしたり、長寿命化に一役買っているのではないか? ......つまり、続きを読むまでは死なない、ということ)
 それにしても、いやいや、弁護士は大変な商売である......。人の運命を左右してしまう仕事は、宿命的なほど大変な商売なのであるらしい。教師と同じである。そのような仕事であっても、最近は多く自覚なく取り組んでいる人が多いようだが、......さてさて、自覚なく他人様の運命をクリエイトする仕事に携わっている人に、閻魔さまの笑い声は聞こえるのだろうか?

 先日に続いて、アクティベーションに苦言。
 このところしばらく、腐敗ビットに関して考えていた。CGデザインの仕事に手を染めて20年ほどだが、かなりの作業が腐敗ビットになっている。腐敗ビットとは、

 ・メディアのサポート終了(例えば、MOディスクのドライブが無い、とか)
 ・OSの変化
 ・アプリケーションの、旧ファイル形式のサポート終了、さらには、アプリ自体の終了 
......等々によって、デジタルデータとしては存在するが、読み書きできなくなってしまった諸々のデータを指す言葉だ。
 例えば、私の仕事部屋に100枚ほど、ピラミッド型に積み重なったMOディスクは、腐敗ビット寸前である。一応、MOドライブはあるが、マシンと繋ぐインターフェイスがない。シリアル・USB変換プラグを用意すれば、なんとかデータを救出できるかも知れない?。しかし救出できたところで、ストラタスタジオプロでできた3Dデータは、多分読み出せないだろう。試していないが、アプリケーション自体が変わってしまっている......。
 以前は、多分デジタルデータは劣化がない、とうことで、半永久的だと思われていたり、さらには、ディープ・スペクターだったか、デジタルデータは古びないのが良くないという意見さえ聞かれた。しかし、実際のところは、データ自体は無事だとしても、前述の諸々の理由で、気がついたら腐敗して使えなくなってしまっているものなのだ。  ......というのは、V・サーフ氏の話。これは全くの真実で、以前から知られていた。対策として、すべてのデータをテキストファイルで保存するとか、デジタル的にはラッダイト運動みたいな方法が考え出され、実行している人もいるようだ。
 サーフ氏自身は、その書類を作成したマシンをOS込みで保管しておくことを提案しているらしい。しかしもちろんこれは本質的な解決にはほど遠く、多分いつの日か、バベルの塔のように地上のデジタルデータの大部分が壊滅してしまう事態のほうが蓋然性が高い気さえする。
 で、アクティベーションである。仮に、今のところビット腐敗に対する最も有効な対策である、ハード、OS、アプリケーションすべての保存をしてあったとしよう。古のデータを読み出すために、このマシンが(あるいは仮想マシンが)動いている。動いている間は良かったが、HD(あるいは仮想メモリ)がクラッシュしてしまったと。......すべてを復旧させても、アプリケーション自体はアクティベートしてくれる会社がすでに無く、起動できない。かつてのすべてのデータは読み込めないゴミと化す......。アクティベーションという方法は、アプリケーションというよりは、その成果であるデータへの信頼感を大幅に弱めてしまう。アクティベーションというのは、デジタルデータの自殺行為かも知れない、とさえ思う。

 ここは、ま、ひとつ法的にですね、国立メディア芸術総合センターとか言っていないで、すべてのOS、ハード、アプリケーションを保管し、いつまでも手持ちのデータの再生をできるような、国内販売されるアプリはすべてそこに保管されているような、国会図書館のデジタル版のような、そのような施設を作っていただけないものでしょうかね?

ディ・ウォーズ

 お話は噴飯もので、かなり笑える。でもまぁ、制作者もストーリーを語りたかったのではなく、単にニューヨークでドラゴンたちが暴れる姿を描きたかったのだろう。(私もどちらかというとCGへの関心でここら辺の作品は観ているのだし......) 非常に時間をかけたということで、確かに怪獣CG映画としては良くできている。残念ながら、そのCGも、製作に何年という時間をかけてしまったので、色味が古くさいことは否定できない。グローバルイルミネーション系の描画がゼロで、これは逆に昨今では珍しいぐらいの絵作りになっている。つまり、レンダリング系が弱いのだった。
 最後に登場するドラゴンが、いわゆる東洋系の鼻毛が長く伸びたタイプなのだが、これは出色だった。多分、今までこのぐらいのレベルで東洋系ドラゴンを作ったCGは無かったと思う。鼻毛が動きすぎるのが気になるぐらいで、イメージが、本当にそのままなのだ。東洋ドラゴン(っていうか、龍だね)をやる場合は、これからはこの作品が一つの目安になるだろう、というぐらいの出来。
 ということで、返す返すも話がいい加減?だったのが惜しまれます。

アクティベーション

 マシンがおかしくなったので、HDをリストアした(ちなみに元々アメリカ産の機械であるコンピューターは湿気の多い梅雨時に不調になることが多いのだと)。TimeMachineがあるので、以前と比べ、フルリストア?が画期的に簡単である。
 2時間ほどでアプリケーションから各種設定、書類まで元通りになったのはいいのだが、ほっとしてあれこれいじっている時に問題が発生した。
 某データーベースソフトである。
 実はHDをフルリストアしたのは今回が2回目ぐらいなのだが、以前の時もこれで非常に苦労したのだった。つまり、アクティベーションしないと使えないのだ。
 Adobeのソフトもアクティベーションっぽい方式だが、こちらは賢く?て、HDリストアの場合もすぐにアクティベートしてくれる。ところが、某DBソフトは、以前のアクティベートの記録が本社に残っていて、これを消さないとアクティベートできないのだ。
 記録を消すのは、電話でオペレーターに頼まないといけない。しかも、オペレーターは、本当にHDがクラッシュしたのかどうかは分からないので、こちらに長々と説明させた後、『それでは、特別に』記録を削除してくれたりするのだ。をいをい......。
 コンピューターのHDは必ず壊れるものなんだよ、おねえさん......。
 しかも、壊れるのは大概週末で、電話サポートはお休みだったりするのである......。
某DBソフトは、ユーザーフレンドリーなことを売りにしているのだから、ここらへんも何とかして欲しいところである。
 3Dソフトも、アクティベーションが必要なものが増えてくるという話がある。充分に検討されて、ユルいものが出てくるのなら良いのだが、リスク管理よろしくがちっとしたものが出てくると、......だいたいがちっとしたものは例外なく不便性を持っていて、創造的行為(不規則不随意天上天下唯我独尊的迷惑行為)とは相性が悪いと決まっているのだ。
 デザイナーにとってはかなり迷惑な話である。

大聖堂 ー 果てしなき世界

 ともかく大部である。それに、速い読み飛ばしもしたくないので、かなりの時間をかけて読んだ。正確な記録はつけていないが、3〜4週間ぐらいはかけたと思う(気が変わりやすい私にしては超長期)。
 基本的には前作と同じ感想で、短い起承転結をベースにした文章は魔術的な吸引力があり、さらに読者は時間的にも作品世界にどっぷりと浸ってしまうので、これを読み終わるとなかなか次の作品に取りかかれなかったりするのである。
 長くて、完全に自分がその中に入り込んでしまうので、全編を通じた悪役が数人出てくるのだが、中盤では本当に憎ったらしく、該当のページを破り捨てたくなってくるぐらいだ。
 前作は、『時代の変わり目』でしめていたが、今作では『個人』で話を終了させている。まぁ、新しい時代、ということなのだろうが、個人的に最近は、時代が『個人主義』の先に行きはじめようとしているような気がしている。個人の先に何があるのかは分からないのだが。

大聖堂

※以前の記事ですが、なんだかデータがおかしかったので再up

 読んでからかなり時間が経っているのだが、正直、なかなか他の小説を読む気にならなくて困っている。そのぐらい濃厚で重厚なドラマが展開する。こちらの感情を鷲掴みにするストーリーティリングは、そこらのエンタメ小説が10冊束になってもかなわないぐらいだ。
 本の値段というものは、体裁や厚みで基本ラインが決まるように思うが、この値段を見ると、それがいかにいい加減な取り決めかしみじみと感じざるを得ない。この小説がほにゃらら2冊分と同じ値段だなんてまったくもって信じられない。
 これを読んでも読者の人生観は変わらないだろう。楽観的や悲観的、ずーずーC的、色々な人生観のベクトルは、これを読んだところで少しも変わらないと思う。しかし、それはエネルギーを得、厚みを増し、豊かになる筈だ。そしてそもそも小説の役割は、それに尽きるのではあるまいかね?

 で、気になった点をいくつか。

・中巻の第三部の後が見出しが第二部になっている。>出版社の単純ミス。なかなか豪快なミスです。

・時々出てくるエロとグロの描写が、非常に冴えているのは何故?

・中盤までの主人公は、石工なのだが、石工といえばメーソン、メーソンといえばフリーメーソン、であるが、この作品にはメーソンのメの字も出てこない。本来なら、中世の石工が出てきてフリーメーソンが出てこないなんて麺の入っていないラーメンみたいなもので、なんか嘘っぽいのだが、これはなにかワケがあるのかも。(一番単純なところで、作者がカトリック、とか......、いや、作品の内容を考えるとそうとも言えないのかな?)
 そういえば、これを読んで他の小説を読む気にならなくなった私は、次にエッセイとかを読みました。(SB文庫)(2006年3月14日)

Appleの夜

 明日は授業だし、早く寝ようと思っていたのだが、今夜はWWDC、今や年に一度になってしまったアップルのお祭りなのだった。まぁ、明日の朝NET記事をチェックすればいいやと思いベッドに入るが、ジョブズの顔や、iPhone OS 3.0が脳裏にちらつく。いきなり本日から新OSの配布が始まるだろうか? そしたら、インストールに時間がかかり朝がパニックになってしまわないだろうか......。なら、インストールだけ仕掛けて、朝まで放っておくというのはどうだろうか? ......無理か......。

 まぁ、ちょっとリアルタイムで更新されている記事だけチェックしておくか......。
 枕元のiPhoneに手を伸ばす......。何ぃっ、8ギガメモリを詰めるMacBookProだって、ううう、現在の私の4ギガメモリマシンでほとんど満足しているのだが、"アレ"がもう少し速くなるなら快適だろうな......。授業用資料blogの更新も速くなるなぁ......。新しいMacOSのアップグレード料金は安すぎではないか......。iPhoneOSアップデートは17日、なんだってぇぇぇぇ? 等々、5分おきに更新される情報をチェックし続けて、気がつくと4時過ぎ。なんとなく空が白んでいるではないか......。頭も真っ白......。というわけで、ほとんど寝ていない状態で大学に。ごめんね、学生諸君......。

 ちなみに気になっていたジョブズのカメオ出演も無しでもアップル自体はすこぶる元気で、基調講演は気になるテーマがてんこ盛り状態。2時間も続いた計算になるが、まるで映画を一本観たような経験と時間の過ごし方だった。
  お陰で久しぶりに物欲がもの凄く......>新しいMacBookPro





for iPhone

カテゴリ一覧

アーカイブ

Powered by Movable Type 4.23-ja