2007年11月アーカイブ

カサノヴァの帰還

 個人的なことだが、私はこのところフロイトづいていて、折よく刊行が開始された全集などをぽつぽつ読んでいるのであるが、......フロイトのことはまたいつか触れる、そのフロイトに影響を与えたという小説なので手に取ってみた。カサノヴァの晩年を題材にしていて、もちろん私はカサノヴァ氏とは全然違うが(あんなにもてないし......)、しかし彼が私の10歳年上、10年経つとこうなるのかという、老衰というものを感じてある意味恐怖でした。  しかし、カッコいいのよ、カサノヴァ。賭事には強いし、でもそれをそれ程大事なことと感じてもいないあたりとか、あえて「醜悪」の中に飛び込むあたり、それから、何歳になっても女性の中だけに価値を感じているあたりとか。ゲンズブールというミュージシャンがいて、これがまぁ徹底したスケベ親父だったのであるが、晩年に「彼には嘘がない」という理由で若者に人気を博したのだが、それも事情は同じかも知れない。そこらへんは私もそのようにありたいものであるが、なかなか難しいのではある。  しかし、そんな彼の美意識も老いに負けていくのであった、......黙して目を伏せよ。  小説としては、ぐたぐた多言を弄せずほとんど俳句のような感覚で人間心理の深みを表現し、驚異的に面白かったことを言い添えておく。(ちくま文庫)

石のささやき

 ネタバレといえば、最初からネタはバレているのだが......、この作品、話手が狂人なのである......。離人症で、はじめは普通なのだが、そのうち自分のことを「あなた」と二人称で呼び出してしまう。人間心理の恐い部分に取り憑かれているかのようなクックだが、ついにここにきて作品として非常に怖い領域に突入してしまった。これは恐い、本当に恐いよ。作品の中で、誰かが狂っていて、あるいは少しずつみんな狂っていて、話し手の話(つまり小説としての文章自体)を含めて事実そのものではない世界、というわけだ。  なぜ恐いのか......、考えてみると、小説世界というのは、文章が神で、これはその世界での全く信用できる基準としてあるのだが、狂人が語っているこの作品では、その基準が厳密には成り立たない。狂気のフィルターを通して見た世界なので、多分どこかが歪んでいて、しかし読者にはどこが歪んでいるのかそのままでは分らず、ただ話者の性格・病理に通暁することによって、なんとなくそれが感じられてくるというかたちになっている。似たような例ではかなり初期のエルロイ作品にも似た効果を出しているものがあったが、私は個人的にはこのパターンは本当に恐く感じてしまう、大弱点でもあるパターンである。  自分が本当は狂気であるという恐怖は、しかしよく考えると不思議。主観が歪んでいるのだから、自分では分らないといえば分らないではないか。()




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