2006年5月アーカイブ

ユダの福音書を追え

 かなり売れているようである。ナショナル某社のプロモーションは凄まじく、私も読む前の盛り上がりは凄かった。  しかし、読後の森下がりも凄かった。しかしこれは、要は来月発売される【ユダの福音書】の予告編である。個人的には肝心要のその内容がほとんど触れられないで本が終わってしまうのである。本編は来月なのだ、チクショー。 なんだい、予告編かい、べらぼーめ  個人的なことをいえば、グノーシスは大きな懸案事項である。グノーシスと顕教の関係は、仏教でいうなら禅とその他の宗派の関係とパラレルな形になっている(と、思う)。 グノーシスは、確か「知識」という意味で、他人に教えられたのではない、自分の感覚で直接に獲得した認識だけに意味があるという、キリスト教の闇に葬られた一派である。調べてみると、色々体系があるのだが、どうも公案のように、既存の知識体系に揺さぶりをかけるための疑似的な体系であるような感じが漂う。先入観を破壊するための「教義」であるように思えるのだ。だから、いきなり神が悪いものとされたり、通常の教義上の悪役が実は善玉であるというかたちに持っていかれたりする。  今回の、ユダ福音書の流れもその文脈かも知れない。(んでも、実はユダとキリストの間に最後の事件の打ち合わせがあったというのは、日本でも某霊能者が以前から言っていたことなんだよね。あるかも......)(日経ナショナル ジオグラフィック社/日経BP出版センター)

蜂の巣にキス

 多分ここを覗いてくださる方の一番古いつきあいの人は、10年前に(あ、もう11年か?)某DHでお会いした方なのではないかと想像している。10年といえば、個人的な実感としてはあっという間ではあったが、まぁ人生80年とか90年とか考えれば、短くはない期間であろう。その間、ずっと刊行されることを待っていた本があるといえば、なんだかとても物凄いことのようにも思えるが、これはそんな本なのである。 10年間待ち続けた恋人のような本。  地球上でただ一人のダークファンタジーの正当な書き手であるキャロルの作品である。訳者も、翻訳神・浅羽莢子で、これはもう読書子にとっては泣く子も黙る最強の布陣、10年間神秘のヴェールに包まれていた本物のダークファンタジーがついにその全貌を現す......、かと思ったら......。  ダークファンタジーやないっ、スリラーやんけっ! しかも定石通りの展開で、かなり良くできているクック的世界なのではあるが、しかし道具立てがダークファンタジーでは、ない。はじめは驚愕したが、しかし極上の言葉遣いと、頭に焼き付く特異で普遍的なキャラクター、妄想と現実の落差、そこらへんは紛れもなくキャロルなのであった。むしろキャロルの文章世界は、道具立てが変わっても変わらず、読書子にとっては至福の読書時間である。  まぁ、スリラーというのが、犯罪ファンタジーなのかも知れないと、認識が変わってしまった。さすがキャロル(+浅羽莢子)。  タイトルを、最初は【蜘蛛の巣にキス】と誤読してしまい(文字数からして違う......、なんちゅう誤読じゃ)、その触感だけで抵抗のない感触と、全然キスでない感じ、終わった後で顔にへばりつく糸の虚無っぽいイメージが、なんともキャロル的かもと思ったのだが、【蜂の巣にキス】であった。一瞬、蜜でこの上なく甘くて蝋質、その後刺されるのだ。危険なキスである。  個人的なことを言えば、今は多分私の人生のひとつの大きな変化期であると思っている(ちょくちょくそう思う、という事実もあるが......)。節目に現れた待ち続けた本ということで、忘れられない一冊になると思う。(ハヤカワ文庫)




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