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凶器の貴公子

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タイトルがカッコいい! 『神は銃弾』、『死者を侮るなかれ』、で、翻訳ではよく分からない(でも充分に魅力的な)ぶっ飛び文体で驚愕を与えてくれた作者の第三段。今までと比べると地味。前二作からこの作品への流れを考えると、前の作品が計算されたぶっ飛び加減で、この作品が本来作者のやりたいことだったのか、前までが地でこちらが一種のフェイクなのか、知りたくなってくる。多分あと2作ぐらいでそれははっきりとするだろうし、『神は......』からの読者は充分にそのぐらいはついていくだろう......。 ......まぁ、地味というか、話が煮詰められたということなのかも知れない。表面的なドンパチは激減しているが、心理的なドンパチは、相変わらずてんこ盛りで、登場人物のほとんどがギリギリの精神状態、かつそれがせめぎ合いぶつかり合うという点は、今までと変わっていない。激突と叙情、そのコントラスト、相変わらずロックな小説である。 終盤は、奇妙な終わり方だが、感動的。とても、感動的。 ......気になった点として、いままでそれほど強調されていなくて、今回はほとんどメインテーマのひとつに躍り出たモチーフに、恋愛関係にある男女のテレパシー的連結がある *1 。 これ、この作品を一層難解にしちゃったんじゃないかなぁ......。書きたかったのも分かるし、実際に体験的に分かっている人間には強烈なノックアウトパンチであることも分かる。でも、分からんヤツはさっぱり分かんないのではないか? んまぁ、以前指摘した、『すでにアメリカ・ヨーロッパではある程度のオカルト現象が常識化してるのでは?疑惑』を、さらに深める一例ではあります。 *1 : 現代の『大人の恋』だと、どうしても(多かれ少なかれ)この現象が出てきてしまうように思っているので、これは書かれても当然。しかしボーダーな話であり、様々な段階があり、関心のある向きもいらっしゃるかと思うので、気が向いたらまとめてみるかも知れない(文春文庫)

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