サイレント・アイズ

前作【汚辱のゲーム】で、俳句読みサイコキラーを登場させ、私の通勤時間を爆笑の谷間に落とし込んでくれた、小巨匠クーンツの新作である。 例によってやたらと長いのであるが、前作が『長さのための長さ』のように微妙に感じさせたのに対し、今作はそのような自己目的的な長さではなく、『道具としての長さ』のようであり、その作者として進歩している感に好感が持てる。

基本的にスリラーではなく、神秘学小説に近づいているのであるが、やはりサイコキラーは登場し、その『世界を自分の都合のいいように解釈しっぷり』が、ひとつの読みどころ。すべての女性は自分を愛していると確信していて、そこから彼のすべての行動は出てくる。作者が自己投入して書いているのだが、この思考の流れがリアルで、ひょっとすると自分も同様の勘違いをしているかも知れないと冷や汗の出てくる程の出来だ。 しかしサイコキラーが本書の主軸ではなく、むしろテーマになるのは人間の善良さと、正しい(!)コミュニティのあり方であり、そこれへんでは作者の理想主義が行き過ぎている感が無くもない。感動はするのだが、あり得るかどうかについて、悪(くだんのサイコキラー)の説得力はありありなのだが、善は、やはり難しいのだ。もっともこれはクーンツにはじまったことではなく、古からの宗教的ファンタジーでも、地獄の光景は強烈で具体的になされても、天国の光景は貧弱で実感のないものになることが多いという、非常に由緒正しい『人間の想像力の問題』なのであるが......。
コミュニティに関しては、基盤は恋愛関係(その延長上の夫婦関係)であると、私は考えている *1 。なにより現実世界でコミュニティが成立しえないのは、安定した男女の関係が成立することが難しいところに原因がある。同性のコミュニティというのはあちこちで繁栄しているようだが、両性入り乱れてのコミュニティは、困難である。あり得るとしたら、満足した恋人たちのコミュニティになるのだろうが、そしてこの小説の中ではまさにそのようなカタチになっているのだが、これがどうも......ゴニョゴニョであり、どうにもこうにも現実は難しいものであるなぁ、と。

*1 : 他に、共通の危機に対してのコミュニティと言うのもあるが、ここでは触れない。作者が書きたかったのも、そのようなコミュニティではない(講談社文庫)

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