2005年8月アーカイブ

凶器の貴公子

タイトルがカッコいい! 『神は銃弾』、『死者を侮るなかれ』、で、翻訳ではよく分からない(でも充分に魅力的な)ぶっ飛び文体で驚愕を与えてくれた作者の第三段。今までと比べると地味。前二作からこの作品への流れを考えると、前の作品が計算されたぶっ飛び加減で、この作品が本来作者のやりたいことだったのか、前までが地でこちらが一種のフェイクなのか、知りたくなってくる。多分あと2作ぐらいでそれははっきりとするだろうし、『神は......』からの読者は充分にそのぐらいはついていくだろう......。 ......まぁ、地味というか、話が煮詰められたということなのかも知れない。表面的なドンパチは激減しているが、心理的なドンパチは、相変わらずてんこ盛りで、登場人物のほとんどがギリギリの精神状態、かつそれがせめぎ合いぶつかり合うという点は、今までと変わっていない。激突と叙情、そのコントラスト、相変わらずロックな小説である。 終盤は、奇妙な終わり方だが、感動的。とても、感動的。 ......気になった点として、いままでそれほど強調されていなくて、今回はほとんどメインテーマのひとつに躍り出たモチーフに、恋愛関係にある男女のテレパシー的連結がある *1 。 これ、この作品を一層難解にしちゃったんじゃないかなぁ......。書きたかったのも分かるし、実際に体験的に分かっている人間には強烈なノックアウトパンチであることも分かる。でも、分からんヤツはさっぱり分かんないのではないか? んまぁ、以前指摘した、『すでにアメリカ・ヨーロッパではある程度のオカルト現象が常識化してるのでは?疑惑』を、さらに深める一例ではあります。 *1 : 現代の『大人の恋』だと、どうしても(多かれ少なかれ)この現象が出てきてしまうように思っているので、これは書かれても当然。しかしボーダーな話であり、様々な段階があり、関心のある向きもいらっしゃるかと思うので、気が向いたらまとめてみるかも知れない(文春文庫)
1年かけてブリタニカ百科事典を読破した男の読書日記。サイドストーリーとして、子作りの苦闘と、父親との関係 トリビアとそのコメントも面白いのだが、作者の身辺の実話の方が面白い。特にご父君のいたずら好きな性格が出色である。いたずらフリークの法律家、日本ではまずいないだろうなぁ......。 庶民レベルでも、明治生まれ辺りの人とかだと、けっこういたずらの逸話を聞くのだが、昭和一桁以降だと、あまり聞かないような気がする。 まぁ終戦越えて人間小さくなったとかいうのは、ここら辺でよく分かるかも、ですね。 *1 : まただ、やはりアメリカ人はこれにこだわるのだ。不思議である。(文春文庫)

悪夢の帆走

ヨットといえば、親族がもっているらしいのだが、載せてくれるくれると云って、乗せてくれる様子がない(まぁ、ほとんど彼のいる街に行かないのでしょうがないのだが......)。とはいえ、私は港町の出身であるので、船へのあこがれはそれほど無く、悔しいというほどでもないのだが...... *1 。 そして、海の恐怖はよく分かる。泳いでいる時に急に足がつったりして、もがいている時にはるか遠くに海岸が見えた時とか、あの距離感と孤独感は絶対的である。さらに、巻き込まれた時の波の力......。 で、この小説はそのような「海の恐怖」はなかなか伝わってくるのだが、どうも作者がプロットをきちんと詰めなかったのではないかという疑問を感じる。主に三つのドラマが絡みながら話が展開するのだが、まとまりというか、統一感に欠けるというか、エピソードのバランスが崩れているというか、......要は「このようなまとめ方をするのだったら最初の部分のあのエピソードは意味不明じゃないか」という感が拭えない。 登場人物は、借金から逃げまくっているカニ漁船のおやじとか、友人と作ったソフトウェアが大当たりしたが、会社から追い出されたオタクとか、なかなかいいセンをついているのだが、かなり早い段階でネタがばれてしまうのと、上記の一点が惜しい。 最後のあたりを書いている時に、作者の身辺に何かがあって、とりあえずオチだけ付けてみました、という感じなのかも知れない。日本のアニメや漫画が、自分では面白いと思って読んでいたのが急に打ち切りになる時と同じような妙な読後感でした。 *1 : 港町は、空気に塩分が含まれているので、皮膚は塩っぽくなるし、自転車はあっという間に錆びてしまうし、至る所に牡蛎塚があり腐ったワカメが地面にへばりついていて、おかずは魚ばかり、とどめは地元の人たちは酒の肴にナマコとか平気で食べるので苦手である。(新潮文庫)

鉄槌

ギャグというものは、いかにも受け狙いという直接的なヤツもいいのだが、あれこれ見聞きしていると食傷気味になり、単調に感じてしまうことがある。そんなときは屈折した感じのものが、やたらと受けてしまったりするのだが、この本の最初の三分の一は、そんなテイストなのだ。内容にあまり感心しない人でも、楽しめるでしょ。 FBIに、誘拐された娘の調査をおざなりにされた父親が、何百トンとかの巨大な爆弾を造り、囚人を非難させるわけにはいかない刑務所の前に設置し、調査の再開を要求するのだが、この爆弾の構造が、妙に細かくてなんとも可笑しい。あまりにも具体的な構造を持ったものって、『そこまでやるか』という感じで、面白いでしょう? ねずみ取り器に、捕まえたネズミの焼却炉や、その灰の廃棄装置までついていれば、面白い。その系統である。 で、その事件を待って主人公が登場するのだが、これがまたすごい。FBIだが、自分で盗みを働いているのである。その事件の担当に自分がなるので、絶対発覚しないわけ。いやはや、こうして設定を思い出して書いていると、すでにギャグとしか思えない構造だ。しかし、そんなことはなくて、全体を通してはシリアスな出来なのである。彼にしても、天才型であり、天才は往々にして犯罪行為を気にしないというのは、リアルな話である。彼の行動が必ずしも悪の範疇に入るとは限らないのだが、そもそも則の枠内で動くことに、既成以上の成果を期待する方が間違っているわけだ。 人間の欲深さというのは、実はこういうところに現れるようだ。世間を多少知ったような女性が自分の旦那に、定時帰宅で精力絶倫にして浮気をせずに産休を取り育児に熱を上げ、同時に年収ウン千万であることを期待し、要求するような感じである *1 。 そんで、天才型の主人公は、自分の敵である犯罪者と戦い、自分の味方であるはずのFBI保身上司 *2 から妨害や脅迫を受け、次第に追いつめられていく、ここらへんはまぁ定石通りであるが、過不足ないプロット、伏線の張り方やキャラクターの魅力(というより、だらしなさへの共感......)で一気に引っ張っていく。 この作者、前の『覇者』でも思ったのだけれど、描写が朴訥で、器用という方向では、けっして上手ではないのだ。しかし、多分描き出すものをよく練り込んであるので、後刻、2次的にイメージが鮮明になる傾向があるようだ。即座に、ではないのである。不思議だ。 *1 : 他人に対して、詳細な要求を描き出せると、人間は自分が賢く、偉くなったような感覚を抱く。そのベースには、自分が不当に扱われているとの怒りがあり、そのゆえに自分が強いとさえ感じ、それに酩酊する。その感覚は、客観的に見れば愚かさの尺度で、恥ずかしいことでしかないのだが......。 *2 : どこにでもいるのだが(講談社文庫)

サイレント・アイズ

前作【汚辱のゲーム】で、俳句読みサイコキラーを登場させ、私の通勤時間を爆笑の谷間に落とし込んでくれた、小巨匠クーンツの新作である。 例によってやたらと長いのであるが、前作が『長さのための長さ』のように微妙に感じさせたのに対し、今作はそのような自己目的的な長さではなく、『道具としての長さ』のようであり、その作者として進歩している感に好感が持てる。

基本的にスリラーではなく、神秘学小説に近づいているのであるが、やはりサイコキラーは登場し、その『世界を自分の都合のいいように解釈しっぷり』が、ひとつの読みどころ。すべての女性は自分を愛していると確信していて、そこから彼のすべての行動は出てくる。作者が自己投入して書いているのだが、この思考の流れがリアルで、ひょっとすると自分も同様の勘違いをしているかも知れないと冷や汗の出てくる程の出来だ。 しかしサイコキラーが本書の主軸ではなく、むしろテーマになるのは人間の善良さと、正しい(!)コミュニティのあり方であり、そこれへんでは作者の理想主義が行き過ぎている感が無くもない。感動はするのだが、あり得るかどうかについて、悪(くだんのサイコキラー)の説得力はありありなのだが、善は、やはり難しいのだ。もっともこれはクーンツにはじまったことではなく、古からの宗教的ファンタジーでも、地獄の光景は強烈で具体的になされても、天国の光景は貧弱で実感のないものになることが多いという、非常に由緒正しい『人間の想像力の問題』なのであるが......。
コミュニティに関しては、基盤は恋愛関係(その延長上の夫婦関係)であると、私は考えている *1 。なにより現実世界でコミュニティが成立しえないのは、安定した男女の関係が成立することが難しいところに原因がある。同性のコミュニティというのはあちこちで繁栄しているようだが、両性入り乱れてのコミュニティは、困難である。あり得るとしたら、満足した恋人たちのコミュニティになるのだろうが、そしてこの小説の中ではまさにそのようなカタチになっているのだが、これがどうも......ゴニョゴニョであり、どうにもこうにも現実は難しいものであるなぁ、と。

*1 : 他に、共通の危機に対してのコミュニティと言うのもあるが、ここでは触れない。作者が書きたかったのも、そのようなコミュニティではない(講談社文庫)




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