すべて死者は横たわる

スターウォーズ以来のアメリカのエンターティンメントの伝統であるが、シリーズ物の三作目には父が出る。このシリーズの主人公の場合、すでに父親は他界しているので、その死がメインテーマになるのだった。 死というものは...... ......これは経験則であるのだが、初めてその人と本当に出会うことだ。その絶対的な不在こそが、通過儀礼的な哀しみの後に、その人との関係や関係の無さや、その人自身をはっきりと観せてくれる。 主人公の父親の場合、謎と「素晴らしいイメージ」を残して死んだため、主人公は大変なことになる。謎は、まぁ謎であるのだが、注目すべき点は、イメージの方で、要するに主人公は自分の思い込みとは違いダメ人間であった父親の実像を知っていくことで次々と衝撃を受け、自己不信〜憎悪にまで至りそうになるのだが、最終的には彼のダメさ加減を受け入れることで、改めて死んでいる彼とのより真実な関係を打ち立てるのだ。ここらへんは非常に感動的である。すべての人間関係は、......大人同士の関係であれば、本来そうであるべきなのだ、生きているもの同士であっても。その辺の事情は、西洋的な思考法よりも日本的な思考法の方が良く把握しているような気がする。 というわけで、個人的に私はいかに自分がダメ人間かを全開にして生きている。最近はその向きに拍車が急加速でかかっていて、どこまで堕落できるかが勝負だという程。周囲の皆さんは開いた口がふさがらないようなのだが、どうせ死後に真実は明らかになるのだ。今それが明らかでも全然問題ないではないか。多分、私の周りの人たちは、私の死後(これがなかなかくたばりそうにないのだが......)、理想化されたイメージなどで苦しんだりはしないであろう。これはおめでたいことである。(講談社文庫)

同じカテゴリの記事





for iPhone

カテゴリ一覧

アーカイブ

Powered by Movable Type 4.23-ja